Craig Eye
先日、厚生労働省が65歳までの再雇用を義務付ける現行の制度をより厳格にする案を検討しているとの報道があった。厚生年金の支給開始年齢を段階的に引き上げるのに伴い、定年退職時に年金を受け取れない会社員が出ることへの対応策としての検討である。有識者と労使代表も参加した審議会での検討であるが、労働者側は積極的な対応を求め、企業側は消極的である。
この報道を見て感じることは、日本では、定年や退職後の継続再雇用についての対応が、企業にとって負担的な視点で取り上げられることが多い、ということである。しかし、これらの取り組みは本当に後ろ向きな要素でしかないのであろうか。
そもそも定年が考えだされたのは19世紀のプロイセン(ドイツの前身)の宰相ビスマルクであったとされる。しかもその目的は、政敵を政界から追放するためであり、相手の年齢を利用して「60歳定年制」を導入したと言われている。この説のとおりならば、もともと定年は労働者の能力の問題とは全く関係無いところから生まれている。
日本に定年制が定着するまでの経緯には複数の説があるようだが、近代化が進んだ1920年代には「55歳定年制」が広まったようだ。ここで注目したいのは当時の平均年齢で、45歳未満だったと言われている。つまり、現代に置き換えると100歳を定年に設定しているようなものである。当時から平均年齢は2倍近くになっているのに、定年とする年齢は5歳しか延ばしていない。このような視点で見ると、60歳で退職というのはあまりにも早すぎると思われる。
ここで、別の視点から考えてみたい。昨年度に販売された中で最も売れたという某書籍のおかげか、日本ではドラッカーブームが巻き起こっている。書店に行けば、様々なドラッカー関連の書籍が並んでいる。某書籍で紹介されている『マネジメント』が有名だが、その他にドラッカーの名著とされている書籍の一つに『ポスト資本主義社会』がある。
ドラッカーは同書の中で、資本主義が終焉を迎えつつあり、「ポスト資本主義」に当たる新しい社会への転換期を迎えている、と述べている。具体的には、競争力の根源が、物質としての商品から、その商品に付帯する付加価値、もしくは物質としての形を取らないサービスそのものへと移り変わっている。そのため、生産活動に必要なものも、工場や設備、ヒト・モノ・カネといった「資本」から、高度に体系化された専門的な「知識」へと変わりつつあるということである。特にドラッカーが繰り返し強調しているのは、「専門知識の一般知識化」である。ここで言っている「専門知識」には、いわゆる暗黙知が含まれると解釈できる。一握りの専門家しか理解していない「専門知識」を共有・形式知化し、体系づけることにより、新しい価値を創造する源泉とすることの必要性を訴えているのである。
もしドラッカーの説が正しいとすれば、継続再雇用の対象となるベテラン社員の位置づけが変わってくる。体力や作業速度等は若年社員に劣るかもしれないが、長年の勤務の中で培った「専門知識」は企業に多くの価値を提供する可能性がある。むしろ、「専門知識」を活用しないまま定年という理由でベテラン社員を辞めさせるのは、企業にとって損失である可能性すらある。
現実として、不況が長期間続き、人件費を含めた経費管理が企業の命運を握る状況であることは間違いない。毎年定年退職者が出る前提で維持されている総額人件費や人員構造を変えることはやはり困難が伴う。しかし、惰性や思い込みによる囚われから離れ、新しい視点で問題の本質を掴もうと努めれば、新たな可能性が拓けるのではないだろうか。
執筆者 佐藤 雅信