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インドに誇る日本のリタイア人材

1月から2月にかけてインドに出張していました。
インドの経済成長はめざましく、経済成長率は7%を超え、銀行の貸出金利はなんと12%です。それでも景気の加速感がありムンバイの地価は上がり続けています。街中は常に渋滞して、目的地に着くにも渋滞を計算しないといけないわけですが、先方の面談者も約束の時間にいい加減なので、平気で一時間待たされたりということも茶飯事でした。対日感情はなかなか良好で、何度も「原子爆弾を落とされてから、どのように経済発展したのか?」という問いを真顔で聞かれました。
まさに、欧米とも東アジアとも異なるまったく異種の文化圏です。
(生水、氷はご法度ですが、バターカレーやタンドリーチキンはお勧め。ラッシーは好き嫌いがあるかな。飲むのに勇気がいります)

写真 ムンバイのダウンタウンの様子

インドのビジネスマンは、誰でも議論好きです。
英語が普通に通じるのですが、インドなまりのかなり早い英語でまくしたてられると、日本人はたじたじとなります。インドの日本人駐在員に聞くと、ひととおり話を聞いて「わたしにしゃべる時間を2分くれ!」と言ってからしゃべるのがこつだとか。いずれにしろ、新興国でビジネスをしていくためには、こんなことでめげていてはいけない、ということ。そう言い聞かせて現地で熱い議論をかわしてきました。

今回の弊社のミッションは、事業再生のノウハウをインドに技術指導することで、わたしを含む二名がプロジェクト参加しました。インドの国営銀行の子会社で、金融機関の不良債権を買い、事業再生を行う会社が技術指導する対象です。
まだ設立されて歴史が浅いため、グローバルでのプラクティスを吸収したいということで今回のプロジェクトになったという背景です。

写真 事業再生を行う会社の面々と弊社メンバー

今回、ご紹介したいのは、われわれのほかにもう二名専門家が派遣(信用保証、証券化の専門家)されたのですが、そのうちの一名の方です。Tさんという方で、信用保証の専門家です。日本での信用保証関連のキャリアが長く、ご年齢は72歳、髪は白髪のざんばら髪で、口髭も白く、専門家というより“置屋の用心棒”といった凄味があります。とても年齢相応には見えず10歳以上は若く見えます。すでにリタイアされて普段は家庭菜園や俳句を楽しまれている、とのことですが、こうした海外派遣のミッションがあると声がかかるプロフェッショナルです。

Tさんは今回の派遣団の団長だったわけですが、当初は、失礼ながら72歳というお歳を伺ってはたして一カ月に及ぶインドでの生活に耐えられるのだろうかと心配していました。
ところが、インドについたその日、すでに夜中近くになるにも関わらず、カレーやナンを平らげ、ビールをがぶがぶ。やはりこの人、専門家は仮の姿か、と思うほどでした。

次の日、インドのカウンターパートとの議論が始まると、片言の英語でも信用保証のキャリアの長さを感じさせる、豊富な事例でインド人を感心させていました。日本は失われた10年を経てきているので、信用保証と一口に言っても、さまざまなケースを蓄積しているのです。
Tさんを見て、わたしはすがすがしい気持ちを感じていました。
元気のない日本、と盛んに言われている昨今ですが、かつて世界を驚かせた高度経済成長を成し遂げ、世界でも類を見ないデフレ経済、人口減少社会を生き抜いてきているわれわれです。こうした中で培われたさまざまな社会制度や社会インフラ、そして仕事を通じて培われたノウハウは、これから成長していく新興国からみると、経験したことのないケーススタディや成功事例、失敗事例の宝庫なのです。
それをまさにTさんが体現してくれています。こうした人材力こそ、日本がこれから“輸出”していくべきもの、そのもっとも典型的な方が目の前にいる、と感じたものです。当初は年齢のため健康面を心配していたのが、かえってそのシニアな姿がキャリアの確かさを強調する武器になっていることに気がつきました。日本人のリタイア人材、こういう社会貢献のやり方があるのか、と感心した次第です。

Tさんは、そうしたわたしのすがすがしさを知ってか知らずか、インドでの滞在が長引くほど、顔の色つやがよくなり、元気が増してきているようでした。わたしも含め、カレーに食傷し、だんだん元気がなくなる中で、豪快に笑いながら、ナンをほおばっていました。
こういう方でなければ、新興国訪問チームの団長は務まらないのだと、妙な納得感をもって帰国の途につきました。
帰国後、われわれがインドでの生活で萎れているのをしり目に、Tさんは早々に今度はマレーシアに信用保証の技術指導があると旅立っていかれました。今回のマレーシア案件はなんと6ヶ月間滞在になるそうで、例の“置屋の用心棒”といったひょうひょうとした表情で、「また会いましょう」と豪快に笑って出かけて行かれました。

執筆者 小河光生

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